私の考える大人発達障害

 

私の考える大人発達障害と一般的な定義は違うかもしれません。

私は、大人発達障害は「生育環境」や「時代背景」により発達・成長に障害のあった能力や資質のことだと考えています。

 

特別なものだからこそ、理解者を得られず誤解を生んでしまったり

自分自身もそうだと思ってしまった能力や資質だと個人的に解釈しています。

 

そうではない!と思われる方には、是非ご自身の納得する定義や解釈を選択してください。

多様性が許される時代になったと思います。

 

そして私と同じように、自分を好きになりたいし生かしたいと思っている方の為のアプローチでありたいと思っています。

 

 

 

これまでの日本の教育は「平均的に伸ばす」ことが価値とされてきました。

また職場では「手順通りにこなせる」人材を大量に輩出することで高度経済成長が実現されてきました。

 

平均的で、手順通りが社会の価値であり、平均的でない独自の手順で創り上げる人たち、

考えるより体が先に動いてしまう人は評価どころか批判の対象でした。

 

この傾向を持つ人たちが発達障害のチェックリストを行えば、多くの人がいくつかの項目に当てはまるでしょう。

 

ところが現代はVUCAの時代と言われています。

 

V(変動性・不安定さ)

U(不確実性、不確定さ)

C(複雑性)

A(曖昧性、不明確さ)

 

そしてAIが日々目覚ましい発展を遂げ、情報は激流のごとく押し寄せます。

 

今後発達障害とは、これまで良しとされてきた、「協調性に優れ過ぎる」人たちを指すことになり

押し寄せる情報に振り回されないよう、「自分を持つ」ということを学習・トレーニングする人たちが増えるかもしれません。

 

また「手順通りにしか仕事ができない」人たちは、

不安定で、不明確な時代には「自分で感じ、自分で考える」為に、「感性」を学ぶトレーニングさせられるかもしれません。

 

発達障害とは固定されたものではなく、時代や環境によって変わってくるものではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

大人発達障害の傾向の人こそ、希望の星

 

既にこの傾向を持つ方々が世界で活躍しています。

コンピュータ・スポーツ・芸術といった環境に出会えた方、またその才能を見出してくれる存在に出会えた方々ではないでしょうか?

 

一方で、大人発達障害と定義づけられた特徴を持つ方々の中には

卓越した共感力・洞察力・分析力があったが故に、一般の社会の中で認められる方法を学習し成果を上げてこられた方々がいます。

 

しかし、自分を抑えながら社会に適応する為に、日々の消費エネルギーは想像以上に大きく

多くの方が身体的・精神的疲労を蓄積しています。

 

このような方に、元々持っている能力や資質、そしてこれまでの人生で培った経験を余すことなく発揮して頂き

より安全で健康的に活躍して頂きたいと思っています。

 

 

それは、個人の問題に留まらず社会貢献だと考えるからです。

 

現在、子どもたちの教育研究は進んでおり、教育界を越えて経済界の要請としてモノゴトをブレイクスルーできる

子どもの育成が急務だと言われています。

 

しかしながら、社会や家庭が彼らの能力や資質を理解し受容れる度量がなければ、

多くの努力は部分的なものになってしまいます。

 

 

現在、社会で活躍する大人が自分自身の個性を理解し、自分を生きること。

それが多様性社会の土台として、次の世代へつなぐ大人の役割ではないでしょうか?