トランジッションダイアログ体験談

経営幹部 30代後半 男性

『セッションは人生を変えた』

 白木さんとは仕事で知り合いました。

独特の雰囲気が印象的でとてもよく覚えています。

 

白木さんの言葉は、時に意外性があり、簡単に理解することができないことがありました。

話している時には、「それは無いな」と思い、同意できないのですが、

あとからじわじわと深い部分に響いてきたり、新しい視点に気づかされたりするのです。

 

セッションを始めたきっかけも、やはり白木さんの言葉でした。

「抑圧した自分自身を肯定したいと思った時は私を訪ねてきて」

 

仕事での関係が一区切りしたので、もうお会いすることも無いかもしれませんでしたが、

どうしてもその一言が気になり、やり過ごすことができませんでした。

 

私はこれまでの人生経験の中で、たくさんの価値を身に付けてきたつもりでした。

自分の未熟さと向き合い、内面的な課題を必死で乗り越え、

外からみれば、ゆっくりでも社会的なステップを登っているように見えたかもしれません。

ステップアップすれば、いつか自分は自由になり、自信と誇りを手に入れられると思っていました。

 

ところが、自分自身の感覚では、一向に抑圧や苦しみが取り除かれることはありませんでした。

自分を自由に表現できず、心の中には常に罪の意識や無力感がありました。

エネルギーは枯渇し、そのことを恥じ、そのことで自分自身を罰していました。

 

「ブレーキを踏みながらアクセルを吹かして進んでいるみたい」

白木さんにそう言われた時から、自分の心のなかでいったい何が起きているのか、

信頼できる人にきちんと見てもらいたいと思うようになりました。

 

白木さんのセッションはスジガキなく進みます。

自分の心が動いた身近な出来事から取り扱いはじめ、徐々に深い部分へと進んでいきます。

 

ある出来事から生まれた感情が、凝り固まった価値観からもたらされたものであったとしても、

硬いものは硬いまま、あるがままに受け止め、その時の感覚をもう一度味わいます。

 

私はこれまで、ネガティブな感情が心に生まれた時は、

自分の心を客観的に分析し、合理的と思える価値観で対処してきました。

自分の感情を、良いも悪いもなくあるがままに受け止め味わうなどということは、考えたこともありませんでした。

 

私にはすべての物事に善悪があり、悪はどこまでも駆逐すべきものであり、善はどこまでも追求すべきものでした。

 

価値観の枠にはめられた感情は、枠にはめられたままの姿で深く味わう(五感で体験する)うちに

枠は少しづつ緩み、そして溶け、感覚は本来の姿で深い部分に沈んでいきました。

 

自分がこれまで罰してきたもの(資質・行動)に実は自分が守られてきたこと、

自分がこれまで忌み嫌っていたものは、本当は自分の宝物であり、

自分はそれを大切に今日まで守り抜いてきたこと。

 

思いもよらない自分の心は、出会うというよりも、思い出すほうが近く、

いつも行きつくのは、いとおしく、やさしく、あたたかいところでした。

 

白木さんはセッションの中で、癒すことも、否定することも、誘導することもしません。

その場面に連れて行ってくれますが、試み(自分自身の感性で実感すること)そのものは私がやらなくてはいけません。

白木さんは、私に安全を用意し、私の試みを見守り、立ち合い、時にきっかけを与えてくれるのでした。

 

セッションを繰り返すうちに、私はこれまでの人生でやってきたことの意味を少しずつ理解し、

これからやっていこうとすることへの疑問は薄らいでいきました。

 

怒りや嫉妬の感情を抹消すれば美しい心になるのかもしれませんが、

自分の感情にそんな名前を付けるのではなく、

あることを認め、そのまま受け止め、ともに歩むことができれば、

人間は、かわいくて、滑稽で、魅力的なものだろうと今は思うようになりました。

 

職場でも家庭でも、トラブルは、避けなくてもいいと思い始めていますが、

そうなると不思議とトラブルからは遠ざかっていきます。

 

長かったこのセッションも、そろそろ終わりを迎えていることを感じています。

寂しいですが、次のステージに進む時はもうすぐです。

振り返る時が来るとすれば、このセッションは人生を変えた日々として、きっと思い出すことでしょう。

 

 

経営者 女性 40代

『感情的であることが、社会人として良くないことだと思ってました。』

個人セッションスタート当時もお店は順調に忙しく、端から見れば何の問題もありませんでした。

しかし今から思えば、自分自身の感情を置き去りにして頑張っていたんですね。

いつも気持ちは焦っていたし、漠然とした感覚ですが、自分自身ではない何かしらの土俵に立ち続けているような感覚だったと思います。

 

全く自分で自分のことに気づけない状態でした。

ただあの時、誰かに助けて欲しかったような気がします。

 

セッションの始まりは、見失った自分をまず取り戻していくような作業だったと思います。

助けて欲しい私は、その解決法を白木さんに教えて欲しかったのだと思います。

 

ですが白木プログラムは「自分プログラム」です。私のことは私でしか解決しない。

まさに長きにわたる「自分自身を知り、向き合い、泣き、笑い、そっと自分を慈しむような旅」が始まりました。

 

感情的であることが社会人として良くないことだと思い込んでいた自分が、どんな感情も大切な自分であると知るにつれて、

悲しみや怒りも大事にできるようになると、仕事だけでなく実生活も変わっていきました。

 

わかりあえないと思っていた主人との関係が良好になり、子どもの成長をちゃんと見守れるようになりました。

そして何より、自分自身を理解することで、世の中を深く理解することができるようになったと思います。

私が『私を理解する』セッションを始めて、そんな感覚が培われたように思います。

 

 自分自身が変化しく過程で、私が自分自身の土俵に、自分の足で立とうとするその様を、白木さんは見守ってくれています。

深く物事を理解している人の前では、人はこんなに信頼して無防備でいられるのだなあと感じます。

 

SHIRAKIプログラムは簡単ではありません。そもそも、モデルケースがないと思います。人々はみな違うからです。

きっと人は自分のことが1番わからなく、そして1番知りたいのでしょう。少なくとも私はそうでした。

 

誰かに求められること、社会に適応すること、常識的であることを価値にし過ぎて、自分を見失っていたと思います。

そしてその経験すら、自分がプログラムしたものだと知る時、良くも悪くも感動し、また落胆もします。

 

何をしても、誰を真似てもしっくりこなくなった大人に、自分自身を見つめることの覚悟の出来た大人の為のプログラムだと思います。

 

 


社会保険労務士・経営コンサルタント 男性 40代

『コーチングでもコンサルでも変われなかった私に、心の地殻変動が起きた。』


白木さんのセッションは、私にとって大きく2つの意味合いがあります。

それは、「鏡としての存在」と「変化するためのエネルギーの供給」です。

 

1つ目の、「鏡としての存在」とは、今の自分の状態に気づかせてくれるということです。

人間は、思っているよりもはるかに自分のことが分かっていません。そして、自分の現状に気づかないと、変わりようがない。

それは、現在地が分からないと目的地へのルートが分からないのと同じです。

だから、無自覚な自分を自覚化することが、変化に向けた第一歩であると私は思っています。

 

2つ目の、「変化するためのエネルギーの供給」とは、これは表現するのがちょっと難しいのですが…。

変化するとは、心の地殻変動だというのが私の感覚です。

いままで構築してきた心の内部構造を、変動させる(最適化という表現が私は好きなのですが)。

それにより、心の奥に押し隠されていた本質的な自分を表出させることができる。

本質的な自分とは、例えば使命、才能、創造性、といったものです。

 

しかし、心の地殻変動を起こすには、非常に大きなエネルギーが必要です。

自分一人だけのエネルギーではなかなか変動しない。

だから、そのためのエネルギーを供給してくれる存在が必要となります。

 

エネルギーの供給とは、非常に抽象的な表現ですが…。

例えば、人の変化をサポートする場合、世の中に多くあるのは「知識」か「行動」に働きかけるサポートです。

 

「知識」に働きかける代表例がコンサルティング。要は、ノウハウやスキルを提供するというもの。

「行動」に働きかける代表例がコーチング。行動を促進するためのコミュニケーションに重点を置いています。

 

しかし、これら2つのサポートを受けても、なかなか変われない人がいる(私がそうだったのですが)。

そういう人は、コンサルティングやコーチングだけでは心の内部構造が変動しないのです。

そういう人には、「知識」でも「行動」でもなく、直接的に心に働きかけるサポートが必要だと私は実感しています。

それを表現すると、エネルギーの供給となります。

 

このように、まずは自らの状態を自覚化させてくれて、その後に心の内部構造を変動させるエネルギーを供給してくれる、

というのが白木さんのセッションに対する私の実感です。

 

それで、心の内部構造が変動すると、「気づいたら変わっている」という感覚になります。

直接的に大きな気づきがもたらされて変化することもありますが、そういう気づきがない時も多々あります。

それでも、気づいたら変わっている。この感覚は、体験しないと分からないかもしれません。

 

最後に、「エネルギーを供給してくれる」というと、受け身の印象を与えるかもしれません。

つまり、自分は何もしなくても白木さんがなんとかしてくれる、という誤った印象を与えるかもしれません。

あえて書くまでもないかもしれませんが、当然ながら、自らがそれに取り組まないと、何も変わりません。

 

その点、このセッションは楽ではありません。

マッサージのように、ベッドに寝ているだけで凝りをほぐしてもらえるようなものではありません。

自らと向き合う勇気、苦しみに留まる強さ、が必要になります。

 

とはいえ、今は勇気や強さがなくても大丈夫です。

向き合おうとする気持ちがあれば、セッションで勇気や強さも鍛えられていくからです。

 

 

 

主婦(元研究職) 女性 50代

『これは、酸いも甘いも噛み分けた、“大人の自分探し”だ。』


このセッションは大人の自分さがしプログラムとも言えるのではないでしょうか。

 

自分さがしといっても、OLや女子大生が旅行やカルチャースクールへ未知の自分の可能性を見つけに行く自分さがしとは全く異なるものです。

人生の後半を迎え、酸いも甘いも噛み分けた大人にしかできない自分さがしなのです。

 

大人の自分さがしは自分の内面に探しに行きます。

 

今までの人生で、大切にしてきたこと、見ないようにしてきたこと、忘れようとしたことなど、

自分の内面にあるすべての感情、行動、価値観などに気付き、それらととことん向き合うのです。

 

すると今までの自分の全てのエピソードがこれからの自分の糧となる多様性の種になっていることに気が付きました。

私の感じた多様性は広くて深く、安心で懐かしい居心地のいいものでした。

 

そしてそれは、かつて、未熟な私を受け止め人生のヒントや激励をくださった人生の先輩方の姿と重なるものでした。

私は多様性を感じたことがあるだけで、まだ獲得できていませんが、

多様性がいまだに未熟な私を、先輩方のような深みのある本当の大人に近づけてくれると感じています。